コラム:21世紀的亜細亜電影事情 - 第7回

2014年3月18日更新

21世紀的亜細亜電影事情

第7回:台湾の高校が甲子園で奮闘する映画に、日本でもスタンディングオベーション

総立ちの客席から拍手が鳴り響き、台湾野球映画「KANO」の監督、俳優たちはまぶしげに場内を見渡した。16日まで大阪で開かれた第9回大阪アジアン映画祭。台湾で大ヒット中の「KANO」(2015年日本公開予定)が開幕作品で上映され、いち早く見ようと詰めかけた日本の観客は、スタンディングオベーションで惜しみない賞賛を送った。上映後のロビーにはマー・ジーシアン(馬志翔)監督、プロデューサーのウェイ・ダーション(魏徳聖)氏、俳優の永瀬正敏、高校球児を演じた台湾、日本の若手俳優が一列に並び、感動さめやらぬ観客一人一人の手を握り、感謝の言葉を告げた。

台湾映画「KANO」のマー・ジーシアン(馬志翔)監督(右)とプロデューサーのウェイ・ダーション(魏徳聖)氏=大阪市内で2014年3月7日
台湾映画「KANO」のマー・ジーシアン(馬志翔)監督(右)とプロデューサーのウェイ・ダーション(魏徳聖)氏=大阪市内で2014年3月7日

「KANO」は台湾中部・嘉義市にあった「嘉義農林学校」の略称(嘉農=かのう)。日本統治下の1931年、台湾代表として夏の甲子園に出場し、準優勝した実話をもとに描かれた。台湾では2月末に公開され、2週間で興行収入1億5000万台湾ドル(約5億円)を超す快進撃を続ける。ウェイ氏は「海角七号 君想う、国境の南」(08)、「セデック・バレ」(11)とヒットを連発した実力派監督。今回は若いマー監督にメガホンを託し、長編デビューを陰から支えた。

上映時間3時間の力作「KANO」は、文字通り直球勝負の青春映画だ。植民地時代の台湾で、日本人、漢人、原住民と異なる民族が力を合わせ、名将・近藤兵太郎監督の指導のもと、弱小チームが甲子園で活躍するまで成長する姿を描く。せりふの9割が日本語で、球児役は一般の野球選手を中心に集めた素人。演技に加えて日本語にも挑んでいる。近藤監督役の永瀬と妻役の坂井真紀のほか、台湾の水利事業に貢献した日本人技師・八田与一役で大沢たかおら日本人俳優も出演している。

台湾で公開されるや否や、人々は「KANO」に熱狂した。台湾版Yahoo!には数百件のレビューが寄せられ、評価は平均4.9点(5点満点)と圧倒的に高い。レビューには絶賛の言葉が並ぶ。「泣いた!」、「熱血全開」、「人に勧めずにはいられない」、「もう一度観たい」、「励まされた!」、「台湾映画で最高の作品」、「言い表せないほど素晴らしい」などなど。大阪から帰国した一行は現在、台湾各地を「大ヒット御礼行脚」中。各地で温かく迎えられ、「KANO旋風」は続いている。

台北の映画館に掲げられた「KANO」の看板
台北の映画館に掲げられた「KANO」の看板

一方で、日本による植民地支配の「負」の面をほとんど描いていないため批判の声も上がっている。一部メディアが「媚日(日本に媚びる)」作品だと非難。特に親中派の大手紙「中國時報」は「台湾の主体性を侵食している」など繰り返し攻撃。大手紙・聯合報と足並みをそろえるように読者の批判投書を掲載するなど、あからさまに圧力をかけている。

しかし、ネット上の批判意見は少数派だ。観た人の多くが球児のひたむきさ、スポーツマン精神、野球に打ち込む素晴らしさをたたえている。台湾で作品を観た現地在住日本人は「根底が純粋で、頑張っている球児を誰もが応援したくなってしまう。若い俳優たちがすごい」と話した。

また、マー監督は大阪でのインタビューで「日本の美化」をきっぱり否定した。「『KANO』は野球の映画。異なる民族の少年たちが一緒に夢を追ったことは、まぎれもない歴史の真実だ」と強調。「日本の植民地時代は悪いこともあった。しかし、人間にはいい面、悪い面、裏表もある。善人にも欠点が、悪人にも長所がある。誰かを愛していても、どこかに憎しみもある。人生は矛盾に満ちている。だからこそ素晴らしいと思いませんか」と語った。作品や台湾を「親日」「反日」などと単純化する行為は、意味のないことなのだ。

甲子園歴史館に収められたマー監督とウェイ氏のサインボール=3月8日
甲子園歴史館に収められたマー監督とウェイ氏のサインボール=3月8日

大阪での上映後、「KANO」のゲストたちは客席にいた近藤監督のお孫さん3人と固い握手を交わした。前日には物語の舞台となった甲子園球場を訪問。おりしも季節はずれの雪が散らつき、「生まれて初めて雪を見た」と喜ぶマー監督らを迎えた。高校野球の歴史を振り返る記念館「甲子園歴史館」には監督とウェイ氏のサインボール、「KANO」のユニフォームを寄贈。実際の嘉農チームの写真とともに展示された。

民族の壁を越え、球児が夢を追い、甲子園で活躍した夏から83年。ひたむきで純粋な物語は今、日本と台湾の架け橋となり、人々の胸を熱くしている。

筆者紹介

遠海安のコラム

遠海安(とおみ・あん)。全国紙記者を経てフリー。インドネシア(ジャカルタ)2年、マレーシア(クアラルンプール)2年、中国広州・香港・台湾で計3年在住。中国語・インドネシア(マレー)語・スワヒリ語・英語使い。「映画の森」主宰。

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