【「青春」評論】世界的ドキュメンタリー作家ワン・ビンの新作は、若者たちが主人公の青春映画

2024年4月21日 21:00


「青春」
「青春」

2003年に約9時間の大作「鉄西区」で衝撃的デビュー、中国出身で今や世界的なドキュメンタリー作家として名高いワン・ビンの監督最新作。長江デルタ経済圏を構成し、子供服産業の一大拠点で知られる浙江省湖州市の織里を舞台に、出稼ぎにやって来る若い労働者の日常を捉えた215分の青春ドキュメンタリー。

「子供服の街」織里は上海から車で約90分、太湖の畔に位置し、135キロ平方メートルに1万8000社の工房と30万人の労働者がひしめく。23年実績で国内シェア60%超の15億着を生産、800億元(約1兆7000億円)を売上げた。その原動力はいわゆるベテラン職人などではなく、映画に登場する地方出身の若者であることにまず驚かされる。

ワン・ビン監督は2つの大きなテーマを持っている。中国共産党の反右派闘争に関するものと、名もない普通の人々を記録したもので、前者には「鳳鳴(フォンミン) 中国の記憶」「死霊魂」などが、後者は「三姉妹 雲南の子」「苦い銭」、本作もここに属する。ちなみにこの「青春」と「苦い銭」は姉妹作、また17年には同地の縫製工場を長回しで捉えたアート作品「15時間」を発表しており、監督は織里の労働者という題材に、準備期間も含め10年ほど携わり続けている。

ワン・ビン作品の特徴は、何よりも被写体が自然であること。ナレーションもBGMも使わず、「壁に止まった虫の視点」という自然なカメラワークで人物を写し続け、登場人物も機材やカメラマンを意識していないように見える。よほど両者に信頼関係が出来ているのかと思いきや、監督は過去のインタビューで「特に出演者と特別な関係を築いたり、時間をかけて親しくなろうとはしない」と語っており、にわかには信じ難いほどだ。なお本作では、機動性とルックを両立させるため、ソニーα7に古いライカのレンズを着けて撮影しているそうだ。

蛍光灯の下の若者たちは、凄まじい速さでミシンをかけ、飯を食べ、夢を見て、金を数え、戦う。充満する欲望や想いが躊躇なく曝け出されるが、監督は虐待や搾取や差別を告発したい訳ではない。ただ彼らをそっと見守るだけだ。観客は素顔の彼らに親密さを抱き、リアルな感情のやり取りをずっと見ていたいと思う。そして、ふとクローゼットに入っている服のタグにある「CHINA」の文字を思い出し、自分も含めた多くの人々が組み込まれている、巨大な消費サイクルについて考えたりする。

従来のワン・ビン作品と同様、今回もオープン・エンドの幕切れとなっているが、若者たちのポジティブで楽観的な姿に、いつも以上の温かさを感じた。コロナ禍が一段落した今、彼らがどうしているのか、その後の姿も見てみたい。

(本田敬)

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