【「ファースト・カウ」評論】ライカートの映画の核心に、アメリカの仕組を敢然と問う尖りが鋭く息づいている

2023年12月24日 20:00


「ファースト・カウ」
「ファースト・カウ」

米インディ映画界の俊英ケリー・ライカート。2019年秋のニューヨーク・フィルム・フェスティバルでは彼女の7本目の長編監督作「ファースト・カウ」と共にインディの先達ロバート・アルトマンの「ギャンブラー」もまた上映された。

異色のウエスタンが描いた世界を「西部を征服していた人々の誰一人として“アメリカ人”だったりはしなかった。連中は移民第一世代だった」と語るアルトマンの言葉は「歴史がまだ、ここには到達していない」との台詞も飛び出すライカートの映画にもそのまま受け継がれているかに見える。だからFilmmaker誌のインタビュー(2020年5月17日)で立て続けに2本を見た聞き手に、先達の映画が「ファースト・カウ」のヒントに? と指摘されたライカートが「完璧に当たってる」と潔く認める様には思わずにんまりしたくなった。「ギャンブラー」でアルトマンが立ち上げたあの薄汚れてリアルな開拓者たちの町、おなじみの西部劇の神話的景観とは似ても似つかぬルックが好きだったと続く率直な感懐にはさらなるうれしさを噛みしめた。

西部劇といえばのカウボーイ、カウボーイといえば牛の群れを運んで移動するキャトルドライブ、そうしてその背後に広がる乾いた荒野――といったジャンルの定型を迷いなくはずれてライカートの非正統的ウエスタンは、たった一頭の雌牛が、町で最初の乳牛が、毛皮取引で財をなした英国人仲買人の「紅茶にクリーム」との欲求を満たすため、川を下って到来する姿を悠然とみつめ切る。

1820年代太平洋岸北西部の町、オレゴンの名を冠する前のそこは緑の森、道なき道の落ち葉がまずは湿気を観客の目に叩き込む。ぬかるみと掘っ立て小屋の集落では移民たちがうろつく傍らで、先住民は奇声をあげて白人を追撃したりするよりは、いっそ権威のそばに置かれて大人しくきれいな暮らしを営んでいる。それが従属や隷属の変形でないとはいえない、そんな真相をも映画は見逃してはいない。コミュニティの多国籍的暮らしの中に根付いている一攫千金の成功の夢、アメリカン・ドリームの原風景を説教臭さのかけらもなくライカートは切り取っていく。

そこで出会う米東部出身のユダヤ系料理人、ボストンのパン屋で技を身に着けた“クッキー”と、9歳で母国中国を離れ世界をめぐったキング・ルー。件の牝牛のミルクを盗んで提供したドーナッツでささやかな罪の匂いを芯にしたアメリカの夢を手にしかけたふたり、その友情、その強度がやがて試され、終わりが始まりへと帰り着くとき、映画が祝福する親密さと大きく深く歴史を想う姿勢の両立。しんと澄んだ涙ぐましさを差し出すライカートの映画の核心にアメリカという国の仕組を敢然と問う尖りが鋭く息づいている。

川口敦子

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