コラム:清水節のメディア・シンクタンク - 第15回

2016年8月4日更新

清水節のメディア・シンクタンク

第15回:脳感<ブレインダイブ>で震えろ! 体感を超えた「秘密 THE TOP SECRET」のヒミツ

少女漫画を原作に、生田斗真岡田将生松坂桃李というイケメンを揃えれば、もっとライトなアプローチもあったであろう。しかし、わかりやすく甘ったるい物語になびく日本映画の風潮を嫌う異端の監督・大友啓史は、とことん濃密なドラマを追求した。脚本にはハリウッド映画並みの時間が掛けられている。2011年に上がっていた初稿を起点に、2013年には第7稿まで行き、2015年のクランクインまで、さらに改稿は重ねられた。

舞台は、温暖化が進んで格差がさらに拡がった、そう遠くない未来のストレスフルな日本。科学が進み、被害者の脳に残された記憶を取り出して映像化し、真犯人を突きとめる「脳内捜査」が可能になっている。物語の中心には猟奇殺人がある。他人の感情を覗き込むことが可能になったとき、一体何が起きるのか。倫理の問題は言うまでもなく、心の奥底に仕舞い込んであった他人の憎悪や苦悩や狂気といったダークサイドを目の当たりにしたとき、覗いた者は果たして正常でいられるのか。人間に起こりうる事態を、大友は「野性の叛乱」と呼ぶ。

そんな奧深いドラマにリアリティを与え、エンターテインメントとして成立させているのは、記憶を再現するプロセスとその映像に他ならない。3Dや4Dといった飛び道具を使用せず、他人の知られざる過去を、人には観られたくない秘密を、本当は隠し通したかった感情を体感させるのだ。いや、体感というよりも、記憶に潜入して観る者の脳を直接刺激するこのアトラクションは、脳感<ブレインダイブ>と呼びたいほどだ。

■記憶に潜入して脳を直接刺激するアトラクション映画

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映画通なら、ヘルメット型マシンで他人に記憶や知覚を伝達する「ブレインストーム」や、他人の五感を体験できる闇ディスクに殺人事件が記録される「ストレンジ・デイズ/1999年12月31日」という映画を想起するだろう。再現された過去を目撃するシチュエーションなら、「デジャヴ」や「ミッション:8ミニッツ」が記憶に新しい。大友は脳内捜査を描くにあたってリサーチを重ね、最先端科学のロジックやテクノロジーを採り入れている。原作では死者の脳をコンピュータで直接読み取るが、それでは実写映画のリアリティは得られないとして、生きた捜査官の脳を介在させることで、死者の脳の記憶が初めて映像化されるシステムを構築したのだ。

この近未来ガジェットとセットに、日本映画としては異例の予算が割かれている。美術は、「るろうに剣心」シリーズで組んだ大友組の橋本創。捜査官たちが多数のモニターで解析する階下の広大な研究室は、複雑極まりない人間の脳の構造そのものを思わせる。捜査官が頭部に装着する記憶を読み込むテスト段階の装置は、配線がむき出しの状態で造形された。そして検体を入れるマシンは、NASAの宇宙船内部にインスパイアされている。

■俳優自身がヘッドギア型ヘルメット・カメラで主観撮影

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本作には、死者の記憶だけでなく、捜査官の夢や妄想などさまざまな映像が入り混じる。では、再現される脳内映像はどのように表現していったのか。当然のことながら、脳内映像とは人間の見た目、つまり主観映像である。本作では、フレームの下に俳優の手許を映り込ませるため、俳優自身が主観撮影する方式が採られた。プロのカメラマンが撮影するよりも、映像に俳優の感情的な微細な動きまでも表れるのだから不思議だ。

GoProという小型カメラの登場とYouTubeなどの動画投稿サイトの拡がりで、POV=主観映像は決して珍しくないものになった。撮影監督の石坂拓郎は、大友と議論を重ねた。被写体にカメラを向けて広角レンズで撮影すれば、フレームの両サイドにはレンズの歪みが出てしまい、人間の視界としては違和感が生ずる。「るろうに剣心 京都大火編伝説の最期編」シリーズでは、アメリカで開発されたばかりの機材、MoVI(ステディカムよりも軽量なスタビライザー)を使って、安定した手持ちローアングル撮影で激しいアクション描写に革命をもたらした石坂は、今回クランクイン前に3~4ヵ月という時間をかけて、主観撮影用の新たな装置を開発した。

さまざまなヘルメットにカメラを装着して試行錯誤。しかしヘルメットの重量のせいもあって、なかなか映像の水準が取りがたい。俳優はカメラを装着しながら演技もしなければならないため、肉眼で前方が見え、セリフを喋るために口を開けられることが大前提。さらに、カメラは顔面のセンターに来て水準が保たれる必要がある。そんな条件を満たすもの――。石坂がたどり着いたのは、アメリカの特殊部隊が使うヘッドギア型のヘルメットにカメラを取り付けることだった。カメラ自体は、3D用に開発された小型のアクションカム。左右に歪みの出ない、焦点距離5ミリほどの工業用監視カメラのレンズを取り付けることで、ようやく完成した。

しかし、本作のスクリーンサイズはシネスコ。開発されたヘルメット・カメラの映像では、左右の幅が足りない。そこで、黒味が出てしまう両端を、シネスコの左右ギリギリまでCGを使って引き延ばしたという。エンドロールには、カメラを装着して主観撮影した俳優たちが、「脳内映像撮影」としてクレジットされている。

>>次のページ:「羅生門」を思わせるエンディングに込められたもの

筆者紹介

清水節のコラム

清水節(しみず・たかし)。1962年東京都生まれ。編集者・映画評論家・映画ジャーナリスト・クリエイティブディレクター。日藝映画学科中退後、映像制作会社や編プロ等を経て編集・文筆業。映画誌「PREMIERE」やSF映画誌「STARLOG」等で編集執筆。海外TVシリーズ「GALACTICA/ギャラクティカ」日本上陸を働きかけ、DVD企画制作。著書に「いつかギラギラする日/角川春樹の映画革命」、新潮新書「スター・ウォーズ学」(共著) 。WOWOWのノンフィクション番組「撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画制作でギャラクシー賞、民放連賞最優秀賞、国際エミー賞受賞。

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