劇場公開日 2022年7月1日

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「実話も数多く盛り込んだPTAの脚本に驚喜。P・マッカトニー好きには余禄も」リコリス・ピザ 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5実話も数多く盛り込んだPTAの脚本に驚喜。P・マッカトニー好きには余禄も

2022年6月30日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

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1973年のLA郊外を舞台にした王道の青春コメディかと思いきや、エピソードがいちいち風変わりで面白くて、紋切り型を巧妙に回避しているのはさすがポール・トーマス・アンダーソン(監督・脚本、以降PTA)と思いながら鑑賞していたが、あとでプレス資料を見ると、かなりの割合で実話ベースのエピソードを組み込んだそう。主人公ゲイリーがウォーターベッドの店を開く話などは、子役からのちにプロデューサーになったゲイリー・ゴーツマンの実体験に基づくとか。

ブラッドリー・クーパーが演じるプロデューサーのジョン・ピーターズも実在の人物(プロデューサーとしてのデビュー作はバーブラ・ストライサンド主演の「スター誕生」)。VarietyがPTAにインタビューした記事によると、脚本執筆段階でPTAがピーターズ本人に電話して映画に登場させていいか尋ねたとき、ピーターズは女の子を口説く場面で「ピーナッツバターサンドイッチはいかが?(Would you like a peanut butter sandwich?)」という台詞を入れることを条件に出したという。ピーターズが昔実際にナンパで使った言葉だそうで、PTA「効果あった?」ピーターズ「ああ、成功したよ」というやり取りを経て、脚本に加えたとPTAは明かしている。

ゲイリーとアラナの近づいたり離れたりのもどかしい恋愛模様を、当時流行していたポップミュージックが彩るが、ハイライトの1つである夜の店内のウォーターベッドに2人が寝転がるシーンで流れるのは、ポール・マッカートニー&ウイングスの『レット・ミー・ロール・イット』。「僕の心は車輪のよう/行かせてくれ 君のもとへ/この衝動 受け入れて」といった趣旨のロックバラードで、ポールが1時間ぐらいでちゃちゃっと書いたようなシンプルな曲想と他愛ない歌詞、しかもシングルカットされた『ジェット』のB面に収録された地味目のナンバーだ(とはいえファンには人気曲で、詞の繰り返しが多いサビは合唱しやすく、ライブで定番の演目だった)が、シーンに見事にはまっているのはやはり音楽マニアのPTAならでは。

ポール好きにはもう1つ。終盤で映画館の前景のショットがあり、入口の上に掲示された上映中3作のタイトルが一瞬映るが、あの真ん中にあった「Live And Let Die(007 死ぬのは奴らだ)」の主題曲はウイングスによる同題の歌だった。トリビアではあるが、嬉しいおまけだ。

高森 郁哉