劇場公開日 2022年10月7日

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「自分の死期と死生観にも思いが至る」愛する人に伝える言葉 talkieさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0自分の死期と死生観にも思いが至る

2024年5月13日
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鑑賞方法:DVD/BD

余生をより良く生きるためには、やはり知った方が良いのでしょうか。自分の死期というものは。
案外、「知らぬが仏」で、知らない方が充実した人生を送れるものでしょうか。
たぶん、告知を希望しなかったとしても、周囲(家族、知人)の言動から、きっと自分の余命限られていることは、うすうす気がついてしまうことでしょうけれども。

評論子も若年・壮年だった頃は、考えてもみなかったことですけれども、「後期高齢者」になるまでは今暫く時間があるとしても、そろそろ人様からは老年と言われる年代になると、「今まで生きてきた時間」よりも「これから生きていく時間」の方が明らかに短いことは、疑う余地のないところです。

そのことに改めて思いが至ると、壮年にして余命を宣告されたバンジャマンの「生き様」か、胸に迫るようでした。
彼は俳優養成所(?)の講師として、すなわち自身も俳優として、それまで幾多の「他人の人生」を演じてきたこととは思うのですけれども。
しかし、いざ降りかかってきた自分の運命(尽きようとする命脈)は、なかなか受け入れることができない―。
その「辛さ」「苦しさ」は、並大抵のものではなかったと推察します。
そして、そういう彼の姿からは、観ている「こちら側」の死生観をも問われているように思われました。

その「痛み」ということでは、佳作としての評価が適切な一本であると思います。評価子は。

(追記)
<映画のことば>
自分の死期は、誰にも分からない。

本作としては、いささか「脇筋」なのかも知れませんけれども。
しかし、只者ではないと思いました。パンジャマンの主治医であるエデ医師は(演じているのが実際のガン専門医であるようですけれども。)。
そして、彼は、物腰や立ち居振舞い等(など)から推すと、どうやら、この病院の院長先生の役どころのようです。

入院患者により良いケアを提供するためとあらば、患者の家族(パンジャマンの母親であるクリスタル)そっちのけで、院内にプロの(?)ダンサーを招き、イベントを開催して、それで入院患者たちを心底から楽しませるー。

その上で、専門家(医師)としての自信に溢れ、患者やその家族に安心感すら与えていた―。
彼の姿は、それだけでも、感動ものだったとすら思います。評論子は。

上掲の映画のことばのとおり、人間、いつ、どこで、どんなふうに最期を迎えるかは分からないのですけれども、自分の最後にもエデ医師のような医者に当たって欲しいと思
ったのは、評論子だけではなかったことと思います。

(追記)
<映画のことば>
患者は、愛する人々と穏やかに最期を迎えるのが、いい。
そして、隠しごとのないこと。

最近、相続に関して「愚行権」という言葉を聞きました(読みました)。
相続で、相続人である子どもたちに継がれる立場の親(被相続人)としては、その財産を浪費することなく、少しでも多く相続人へ引き継ぐのが「最後のお役目」なのかも知れないのですけれども。

もちろん、それが故に警察に捕まったり(刑事事件)、損害賠償金を支払うはめに陥ったり(民事事件)しては元も子もないのではありますけれども。
あくまでも触法しない限りでは、(いわゆる幸福追求権の一つとして憲法13条で保障されている?)愚行権の行使として、評論子の場合はそれが、旅行三昧になるのか、映画三昧になるのか(映画はそんなにお金がかからないか?)、今はまだ歯を食いしばってフルタイムで働いてはいても、余生くらいは、推定相続人様であらせられる子どもたちにも「隠しごとなく」、愚行を楽しめればとも思いました。

talkie