コラム:若林ゆり 舞台.com - 第118回

2023年9月21日更新

若林ゆり 舞台.com
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マクベス夫人は「マクベス」のなかで、名前を呼ばれることがない。一方で天海は、名前から逃れることが不可能。いつでもどこでも“天海祐希”という名前を看板として掲げ続ける宿命を背負っているからだ。それは、本人にとってはどういうものなのだろう。

「私も宝塚の下級生の頃までは、自分の本名と芸名というところで分けられると思ってたんです。でも、いつの間にか、本名の私よりも天海祐希を知ってくださっている方が多くなって。ということは、必然的に自分のなかでも天海祐希としての割合のほうが大きくなる。どういうことかというと、本名の私ならやってもよかったことが、天海祐希ではやってはいけないと思うことが多くなってくるんです。でもそれは、私にとってはよかったなと思っています。そうなると、めったなことをしないじゃないですか。それって人としても大事なことですから。道端を歩いているときなんかは『私は私』という意識で、個人的には本名の自分でいるんですけれど、人から見たらずっと“天海祐希”じゃないですか。すべてが私になっている状態のときは、部屋にいるときぐらいでしょうね、誰にも見られていないから。私は、それはありがたいことだと捉えています。天海祐希であることで得られたものを考えれば」

「でも実を言うと、そういうふうに考えられるようになるまでには結構時間がかかりました。『ありがたい』ということの本当の意味がわかってくるまでは『なんで?』と思うことも多かったんです。でもいまは、もう自分のなかで割り切っているんですね。私と天海祐希が併走している感じ。だから本名の私はもちろん私ではあるんだけれども、天海祐希としての可能性があるものを、本名の私が潰してはいけないと思っていて。『こうできるんじゃないか』という可能性があるのであれば、天海祐希としてそこを目指してちゃんと挑戦しなければいけないなと思っています」

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それにしても、50代になってますますの魅力発揮、ますますの大活躍ぶりには目を見張るばかり。2022年は「広島ジャンゴ2022」、劇団新感線の「薔薇とサムライ2-海賊女王の帰還-」と2本の舞台に出演。高い評価を得て、第48回菊田一夫演劇賞の受賞という結果も出している。だが、いまの天海にはガツガツしたところは微塵もないし、それでいて攻める姿勢はもち続けているし、謙虚さを忘れずいろいろなことに感謝しているのがよくわかる。そして発する言葉から感じられるのは、「ポジティブ・シンキング」の塊のような気楽さと充実ぶり、清々しさだ。

「私ね、50代になってめちゃくちゃ楽になったんですよ。もう子どもは産まないでしょ、結婚もしない。ひとりが楽だもの。『こうしなきゃ』とか『こうした方がいいんじゃないか』みたいなことをどんどん切り捨てて行ったら、ものすごく大事なことが絞られて、シンプルになったという感じかな。ちゃんと自分で『これだけはしなければ』と思う核の部分をきちんともってさえいれば、あとは自由だしとっても楽なんです。どんどん年齢が上がっていくと無理がきかなくなるから、無理をしちゃダメ。無理をしなくていいように、いろいろなものを削いでいるんです」

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マクベス夫人は「なんとしても夫の王座がほしい」と野心を燃やしたが、天海自身が「これだけは絶対に手に入れたい」という強い欲望や野心を抱いたことはあったのだろうか。

「必ずこれを手に入れたいって、そこまで躍起になってほしがったものはないかも。でも、宝塚のときに『ほしい』と思ったものはちょっとありました。宝塚は、いつやめても自由なんです。でも私は、自分が何か『ちゃんとここにいたんだ』と証明できるような何かを残せなければ、退団できないなと思っていました。だから、そう言えるような、誇れるようなものがほしかった。私は高校中退だったし、宝塚も中途半端になってしまったら、私の人生全部、その後もすべてが中途半端になってしまうと思って。どこかひとつでも『ここまで行ったんだ』と胸を張れるものをちゃんとやってからやめたいと思いました。何かを成し遂げられたから中途半端じゃないってことじゃないですよ。この作品ができたから、この役を出来たから、もうここで充分なんだと思えれば、もうそれで多分、自分のなかでちゃんとやり遂げたことになったと思うんです」

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「本当にありがたいことに、トップまで行かせていただいて。ちゃんと『宝塚にいました』と言えること、経験できたことによって次に行かれたこと、すごくありがたいことだと思っています。いまも、お客様に楽しんでもらいたいという欲はありますよ。見ていただいた方に『ああー、面白かった』とか『1週間頑張ろう』というふうな思いをもっていただきたいと、それはいつも望んでいます。でも、アダム・クーパーさんと舞台に立つなんて、そんな大それたことは思いもよらなかった。ジョイマンさんの後ろでジョイササイズをやりたいという野望はもちましたし、叶えましたけど(笑)。これは、望むとかのレベルを超えていますから!」

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クーパーにとっても天海にとっても、チャレンジに満ちた世界初演。この舞台は、ひたすら誠実に走り続けてきた天海への、神様からのギフトではないだろうか。

「これだけの能力をもった舞台人とご一緒できるなんて機会は、一生に一度ですから。この時間を絶対無駄にしないようにしたいと思っています。緊張することによってできるはずのことができなくなるのも嫌だし、せっかくの時間を覚えていないなんてことになったらもったいない。この経験は何年後かの自分にものすごい、とてつもないプレゼントをくれるものになるはずだから。1回1回が奇跡のようなもの。体力と集中力、柔軟さをキープして、いい意味でのほどよい緊張を感じながら、大事にやりたいなと思います」

「レイディマクベス」は10月1日~11月12日に東京・よみうり大手町ホールで、11月16日~27日に京都・京都劇場で上演される。詳しい情報は公式サイト(https://tspnet.co.jp/whats-ons/ladym/)で確認できる。

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筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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