コラム:若林ゆり 舞台.com - 第119回

2023年10月20日更新

若林ゆり 舞台.com

第119回:「チョコレートドーナツ」の監督が、世界初の舞台版を観劇して大感激!

インタビューに応じた「チョコレートドーナツ」トラビス・ファイン監督
インタビューに応じた「チョコレートドーナツ」トラビス・ファイン監督

低予算の小品ながら世界の映画祭で熱狂的な支持を集め、日本でも口コミから異例の大ヒットロングランを果たした映画「チョコレートドーナツ」(2012)。この作品が宮本亞門の演出により、世界初の舞台化を果たしたのは2020年末、日本のPARCO劇場でのことだった。舞台は好評を博したものの、コロナ禍で、予定されていた公演の約半分が中止となってしまった。

この公演がさらなる磨きをかけられて、10月8日より3年ぶりに再演されている。原作映画の製作・脚本・監督を務めたトラビス・ファインにとっても、待望の再演である。初演時には来日が叶わず、観劇する機会を失っていたからだ。今回、来日を果たしたファイン監督に映画について、そして舞台版について話を聞いた。

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まずは舞台の原作となった映画「チョコレートドーナツ」について振り返ってもらおう。この作品は、ドラァグクイーンのルディと検事局で働くポールが、母親に見放されたダウン症のある少年、マルコと出会って愛し合い、“家族”になろうと奮戦する物語。彼らに社会の無理解、偏見と差別が立ち塞がる。ファイン監督が、盟友で音楽監督でもあるPJ・ブルームに「昔、父親(脚本家のジョージ・アーサー・ブルーム)が書いたままお蔵入りした脚本がある」と、その脚本を見せられたことから始動した。

「私はそこに描かれていたルディのキャラクターに惚れ込んだんだ。彼は30数年前、ニューヨークに住んでいた美容師がモデルになっているんだが、すごく器の大きな人物でね。近所に住んでいた障がいをもつ子どもに愛情を注ぎ、面倒を見ていたそうだよ。ちょうどこれを読んだ頃、私は自分の娘との関係で困難に直面していた。離婚した最初の妻との間にもうけた長女と長いこと会えずに苦しんでいたから、ルディの闘いに深い共鳴を覚えたんだ」

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「そこで私はここに個人的な要素を加えて、物語を構築し直そうと考えた。最初の脚本では、マルコのキャラクターは6歳か7歳で、しゃべることはなかった。うなり声を上げるだけでね。でも私はこの子がどんな子なのかもっと知りたいと思ったので、少し年齢を上げてダウン症があるという設定に変えた。そうすることで、元の脚本には感じられなかったルディとマルコとのつながりが生まれると思ったんだ。そしてポールのキャラクターを加えることで、このラブストーリーをより複雑で深みのあるものにできたと思っている」

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この映画の成功は、主要キャラクター3人の完璧なキャスティングによるところが大きいことは明白だ。とくに、ルディを演じたアラン・カミングはこれ以上ないほどのはまり役。

「ああ、アランをキャスティングできたのは実に幸運だと思っている。最初はリッキー・マーティンに頼みたかったんだが断られてね。でも、彼のエージェントが役の説明を聞いて『それってアラン・カミングについて言っているみたいだね』と言うのを聞いて、『それだ! なぜ気づかなかったんだろう』と膝を打ったよ。私はアランの大ファンだったんだ。彼がブロードウェイで演じた『キャバレー』は映像で見ていた。あの役は人々の記憶に残る個性的なキャラクターで、性的に流動的な人物だった。それがとてもうまく機能していることに感銘を受けたよ」

「それからアランについて調べてみると、彼は何十年もの間、LGBTQの権利のため、情熱的に活動してきたことがわかった。この役にはまさにうってつけだったんだ。そしてアランはルディになってくれた。撮影初日に、すでにオリジナルで描かれていたキャラクターを彼が体現しているのを見たとき、これは特別なものになるぞと思った。撮影現場で彼の演技を見ていると、ハッとさせられることがあるんだ。俳優がページに書かれていることに自分なりのタッチを加えてつくり出して見せる、特別な瞬間。ときには大きな、ときにはとても些細な振る舞いに彼ら自身の個人的な側面を持ち込んで、思いもよらなかったキャラクター表現を見せてくれるようなことが何度もあってね。とても心を動かされたよ」

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これは社会からはみ出し、自分の居場所を探し求めて生きてきた、3人の人間が織りなすラブストーリーだ。映画の中ではなぜルディとポールがそれほどまでにマルコを愛するようになるのか明確に語られてはいないが、彼らを見ていれば痛いほどよくわかる。

「恋に落ちるのは一瞬と言われるよね。ルディがマルコへの恋に落ちたのは、彼がまともな朝食を作れない言い訳を冗談交じりにしたとき、マルコの無邪気な破顔一笑を見た瞬間だと思う。ルディの生涯は、必ずしもLGBTQコミュニティの人々に優しくない世界で体制と闘い、自分自身と自分の生き方を守るために闘わなければならない道のりだった」

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「そういう経験を経てきたルディは、マルコの中に『こんなことは自分で望んだことじゃない!』と叫ぶ人物を見たのだと思う。マルコはこんな目に遭うべきじゃない。彼はマルコの中に自分自身の葛藤そのものを見たんだよ。ポールの場合、ポールは自分が何者なのかわからず、自分にも他人にも正直になれずに生きてきた。そしてマルコの中に、まっすぐで正直な魂を見た。彼は職場に押しかけてきて粗野な態度をとるルディとマルコに、攻撃的なまでに自分に正直で、そういう生き方しかできない人間を見たんだ。そして、彼らを羨ましいと思う気持ちに気づいたんだね」

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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